2012年2月4日土曜日

ドクター江部の糖尿病徒然日記

おはようございます。

精神科医師A さんから、ハーバード大学の研究者が「Annals of Internal medicine」に2010年に論文発表したコホート研究について、コメントをいただきました。

灰本医師と野田医師が、厳しく糖質制限食をすると総死亡率と癌のリスクが上昇するという見解を述べておられます。

これに対して私の結論は、

1)そもそも、そのようなエビデンスはこの論文には記載していない。

2)「糖質制限を厳しくすればするほど総死亡率は有意に上昇」というのは、何ら根拠のない飛躍した単なる仮説である。

3)この論文は、「高糖質食」と「中糖質食」を比較したもので、ADAの定義に相当する「低糖質食(糖質制限食)」群は、全く検討されていない。

ということです。

【12/02/02 精神科医師A

論文への見解

この論文について、2名の医師の見解を示します

1) 南江堂「内科」108(4)671-676, 2011年10月号 灰本 元
■ローカーボ食(炭水化物,糖質制限食)による2型糖尿病の治療
―ローカーボ食の大規模長期観察コホー卜研究―

最近、総死亡率をアウトカムとしてHCDとLCDを比較した大規模長期観察コホート(女:8.5万人26年間,男:4.5万人20年間)の結果が米国から発表された。それによると、厳しく炭水化物・糖質制限を制限すればするほどHCD群に比べて総死亡率は有意に上昇した.

ところがLCD群の食事内容をさらに詳しく解析すると、総死亡率を押し上げたのは動物性脂肪・蛋自質を中心に摂取した中くらいの炭水化物制限のLCD群(35〜37%C)で、HCD群に比べて年齢・総摂取エネルギー調整ハザード比(HR)は1.66(男)〜1.26(女)へ有意に上昇し、心血管死も癌死(とくに肺癌と結腸癌)も有意に増えた。

一方、植物性脂肪・蛋白質を中心に摂取した群では炭水化物・糖質制限も緩やかで(40〜43%C)、HRは0.77(男)〜0.77(女)、むしろ有意に死亡率は減少した。

(中略)

一方で,大規模観察コホート研究はLCDの課題も浮き彫りにした。厳しいLCDは重症DMヘ短期間に限定するほうが安全である。長期的には、緩やかな炭水化物制限をしながら植物性脂肪・蛋白質を中心に摂取するLCDが、今後世界の主流になるであろう

 LCD: low-carbohydrate diet, 低炭水化物食、ローカーボ食
 HCD: high-carbohydrate low-fat diet, 高炭水化物・低脂肪食

2) Diabetes Frontier 22(1)35-39, 2011年2月
野田絵美子(東京医科大学内科学第三講座 糖尿病・代謝・内分泌内科)

■低炭水化物食と癌

心疾患、癌、糖尿病をもたない男女に対し行った米国でのコホート研究によると,低炭水化物食の中でも、動物由来を中心とした高たんぱく、高脂質食では癌や心血管イベントなどを含んだ年齢別総死亡率は高く、植物由来を中心とした高たんぱく、高脂質食では年齢別総死亡率は低かった。

低炭水化物食の効果は、糖質以外の栄養素である脂質やたんぱく質の種類に大きく影響されると考えられた。

*両名の見解の特徴を示すと

1) 厳しいLCDは、重症糖尿病に対し短期間に限定するほうが安全である。長期的には、緩やかな炭水化物制限をしながら植物性脂肪・蛋白質を中心に摂取するLCDが、今後世界の主流になるであろう

2) 低炭水化物食の効果は、糖質以外の栄養素である脂質やたんぱく質の種類に大きく影響されると考えられた】

精神科医Aさん。
情報、ありがとうございます。

まず灰本医師と野田医師の見解は、完全な誤解です。

そもそもこの論文には、糖質制限食をしたグループは、登場していません。

この論文はあくまでも、総摂取エネルギーの37.4%(女性)、35.2%(男性)を、炭水化物から摂取している中糖質食の動物食グループにおける話です。

高雄病院のスーパー糖質制限食(総摂取エネルギーの12%を糖質から摂取)を実践しているグループ は、この論文のどこにも登場しません。

これだけの糖質摂取量だと、低炭水化物食(糖質制限食)の研究というには相応しくありません。

厳しい糖質制限食(スーパー糖質制限食)を実践したグループの研究が行われていないのですから、その発ガンリスクが増えるという根拠には全くなりません。

ちなみに、ADAは130g/日以下、2000kcal/日で26%以下を糖質制限の定義としており、バーンスイタイン医師ら糖質制限食派の医師もこれを認めています。

まずは、ブログ読者の皆さん、このようにスーパー糖質制限食を実践して発ガンリスクが増えるという記載は、この論文には存在しません。

従ってそのようなエビデンスもないことを明記したいと思います。

ハーバード大学の研究者の「Annals of Internal medicine」の論文、以前にも論評したことがありますが、再考察します。

総摂取カロリーに対して

「脂質56%、タンパク質32%、糖質12%」

という構成比がスーパー糖質制限食です。

当然、従来の一般的な食生活に比べれば、高脂質・高タンパク食となります。

ブログ読者の皆さんが一番心配なのは、高脂質・高タンパク食を長年続けたら、何らかのガンになり易くなるのではないかという懸念でしょう。

これに対しては、

「スーパー糖質制限食と発ガンのリスクに関するエビデンスはない」

というのが、結論です。

すなわち、

「スーパー糖質制限食で発ガンのリスクが増えるというエビデンスはない。」

ですし、一方

「スーパー糖質制限食で発ガンのリスクが減るという� �ビデンスもない。」

ということです。

これは、糖質摂取比率12%の集団と通常食の集団におけるガンの発生を、10年.20年経過を追ったような臨床研究は、現時点で存在しないので当然の結論です。

<問題の論文の要旨>

【低炭水化物食と全死亡率および死因別死亡率:二つのコホート研究

「Annals of Internal medicine
September 7 2010 vol.153 Issue5 p289-298 
Low-Carbohydrate Diets and All-Cause and Cause-Specific Mortality:Two Cohort Studies
Teresa T. Fung, Rob M. van Dam, Susan E. Hankinson, Meir Stampfer, Walter C. Willett, and Frank B. Hu」

要旨

「低炭水化物食と死亡率の関連を長期にわたって調べたデータはほとんどない。今回,前向きコホート研究で,Nurses' Health Study(訳注:看護師の健康調査)に参加した85,168人の女性とHealth Professionals' Follow-up Study(訳注:医療従事者追跡研究)に参加した44,548人の男性を最大26年間追跡した。動物性脂肪および蛋白質を重視した食事では,全死亡率,心血管死亡率,がん死亡率が高かった。一方,植物性脂肪および蛋白質を重視した食事では,全死亡率と心血管死亡率が低かった。」】

この論文の要旨の、

「糖質制限食(低炭水化物食)で、動物性脂肪および蛋白質を重視した食事では、全死亡率、心血管死亡率、がん死亡率が高かった。」

を根拠にして、糖質制限食は発ガンのリスクが懸念されるというのは根本的な誤解です。

この論文はあくまでも、総摂取エネルギーの35.2〜37.4%を、炭水化物から摂取している「中糖質食」グループと
約60%の「高糖質食」グループを比較したときの話です。

総摂取エネルギーの12%を糖質から摂取している「糖質制限食」グループは、この論文のどこにも登場しないので、比較不能です。

つまり、高雄病院流のスーパー糖質制限食を実践している人においては、この論文は全く参考になりません。

炭水化物を総摂取エネルギーの60%食べているグループに比べれば、炭水化物35.2〜37.4%のグループの方が、確かに低糖質食です。それで低炭水化物食のコホート研究としたのでしょう。

一方、糖質を総摂取エネルギーの12%しか食べていないグループに比べれば、炭水化物35.2〜37.4%のグループは3倍以上の高糖質食であり、とうてい低糖質食とは言えません。

これまで多くの研究で、高インスリン血症� �よる腫瘍増殖・発ガン促進作用が示されてきています。

すなわち高インスリン血症には、明確な発ガンリスクのエビデンスがあります。

糖質を総摂取エネルギーの12%とする、スーパー糖質制限食なら食事1回分の糖質は10〜20gで、追加分泌インスリンは、せいぜい基礎分泌の約2倍〜4倍ていどです。

一方、炭水化物摂取比率35.2〜37.4%のグループは、1回の食事の糖質量は50g以上であり、食事の度に約10〜20倍の追加分泌インスリンが分泌されます。

すなわち、炭水化物摂取比率35.2〜37.4%のグループでは、明白な発ガンリスクとなるインスリン過剰分泌が改善できていません。

これだけのインスリン分泌量は、糖質摂取比率60%のグループとさほど変わらないと思います。

スーパー� �質制限食なら、発ガンリスクのインスリン分泌は極少量で済みます。

またスーパー糖質制限食なら、血中ケトン体が現行の基準値より高値となります。

少なくとも動物実験では、血中ケトン体にガン細胞抑制作用があることが確認されています。

これらのことは、生理学的な事実です。

また国際糖尿病連合(International Diabetes Federation:IDF)の「食後血糖値の管理に関するガイドライン」2007年、によれば、食後高血糖そのものが、ある種のガンのリスクとなります。

糖質を総摂取エネルギーの12%とするスーパー糖質制限食なら、食後高血糖は生じませんが、炭水化物摂取比率35.2〜37.48%のグループは、1日3回以上食後高血糖を生じます。

「インスリン分泌が極少量」「食後高血糖がない」「血中ケトン体が高値」という、発ガンリスクを軽減させる効果があるスーパー糖質制限食において、長年続けることでそれらを上回る何らかの発ガンリスクが、存在するのかしないのかということは、今後長期にわたり検討していく必要はあるでしょう。

幸い、現在までそのような謎の発ガンリスクは知られていませんが・・・。

結論です。

「スーパー糖質制限食と発ガンのリスクに関するエビデンスはない」のですが、発ガンリスクが明白に確認されているインスリンの分泌が、スーパー糖質制限食なら極少量に抑えられることは、生理学的事実です。

また、発ガンリスクの一つの食後高血糖も、スーパー糖質制限食なら生じません。

さらにガン細胞抑制作用の可能性がある血中ケトン体が高値となります。

江部康二

Related Posts



0 コメント:

コメントを投稿